発表要旨「氷河学に関するジレンマ」
発言者:澤柿
(Date: 2001年 2月 03日 土曜日 17:53:47)今回の比較氷河研究会の目的は,いわゆる雪氷屋と地形屋との相互理解にあると考える.それが科学分野間の相互理解である以上は,それぞれがよって立つ主義を理解しあうことでなければいけない.したがって,研究会のイントロダクションとして,私は,科学哲学・研究手法・パラダイム,といった内容で発表することを自分への課題として設定した.今私が直感的に感じている主張を理解してもらう今回の試みは,私自身にとっても大きなチャレンジであることをご了承願いたい.
雪氷屋と議論していて,ふと自分の地形屋モードをオフにしたときに,今まではそうでなかったものがにわかにモゾモゾしてくる瞬間がある.こういうモゾモゾがはじまると,再び地形屋モードに戻ったときに,モゾモゾ感のなごりが邪魔になって前に進めなくなる.そういうときは,えいやっと前に進む決意をして地形屋としての仕事にとりかかる.地形屋どうしが評価しあう,もたれあいの環境の中ではそれでもよいかもしれない.しかし,このモゾモゾ感を無視してばかりいると,本当に根元的なものを見落としてしまう危険性がある.時には,暗黙に前提された思考の枠組みをチェックし,場合によっては別のものに据え換えることも必要なのではないか.人はこのモゾモゾを「パラドクス」とか「ジレンマ」などと呼ぶ.
科学史を振り返ると,モゾモゾの源をチェックするために,身につけたものをすべて脱ぎ捨てて身体中の総点検が実施される時期が何度かあった.そのような大騒ぎを経て,その原因が発見されたときには,また服を着なおして平静さがとりもどされた.しかしそのときには,科学は今までとは別なものになっていた.これが「パラダイムシフト」とよばれるものであり,「パラドクス」や「ジレンマ」は,その推進源になっていたことに気づく.
アインシュタインは最初から矛盾していない理論は見込みがないといったそうだし,数学者ヒルベルトは矛盾が見つかると,これで前進できるといったそうである.この言葉に励まされて,私はモゾモゾ感とつきあっていくことにした.もしかしたら,大きなパラダイムの変換の目撃者・具現者になれるのではないかという期待をこめて.そして,私と同じモゾモゾ感を持つ者が,今回の比較氷河研究会への開催の機運を生み出したのではないかと考えるようになった.
にわか勉強であり,まだ完全に結論を導き出したわけではないが,今のところ,なんとなくモゾモゾ感を和らげてくれそうな科学哲学への回帰を紹介して,今回の比較氷河研究会のイントロとしたい.科学はどう有るべきか,という命題と,科学はこういうものだ,という命題であり,むしろ,聴衆自身による考察を喚起したい.雪氷屋であれ地形屋であれ,研究者としてどのような専門分野に属しようとも,自分の論理や操作の概念的・方法論的位置づけをしっかりすることの重要性を,ものを考える上での課題のひとつとして頭に刻みつけてくれれば幸いである.
主に扱う内容は,以下である
I. クーンのパラダイムシフト論と都城によるその修正・拡張
・厳密な意味のパラダイムのための必要・十分条件
・通常科学・異常科学・科学革命
・ラカトシュの科学的研究プログラム論
・ローダンの問題解決型科学論
・地質学おけるパラダイム
・博物学・帰納主義・発見と仮説・術語の弊害などに関する議論
II. メタの視点から氷河学を見る.
・氷河学を担う研究者群
・氷河学にパラダイムはあるか?
・氷河学の基礎原理はなにか?
・地形学と雪氷学は同じ階層上の異なるパラダイムで対立しているか?
・双方の理解のために
III. 科学的な成果とは?
・科学の分業化(吉田伸男氏のクラスター・パケット論)
・Boultonはなぜパラダイムシフトといったか?
・現代科学に対する社会からの批判への対応
IV. 研究会を始めるにあたって,頭の体操(パケットを通りやすくするために)
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発表要旨「氷河底面流動機構に関する研究レヴュー」 |