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報 告

2000年4月29日掲載

 本シンポジウムは、最近の四半世紀において氷河学・氷河地質学で進展した第四紀の氷河変動研究の知識を基に、日本の山岳地域で集積された氷河作用に関する研究成果の再検討を目的として企画された。参加者は約100名であった。

<セッション1>

長谷川裕彦・青木賢人「日本アルプスの氷河作用」:日本アルプスでは,1980年代に氷河前進期の編年が急速に進展し,MIS 6や完新世の氷河作用が識別されるようになった.また,平衡線高度の分布特性も議論されるようになったが,まだデ−タが少なく,氷河の消長史の解明されていない地域も多い.平衡線高度の議論には山地の隆起速度を加味する必要がある.近年,ティルの堆積構造が記載されるようになり,今後の研究の進展が期待される.

岩崎正吾・澤柿教伸・平川一臣「日高山脈の氷河作用」:日高山脈北部では,指標火山灰と氷成堆積物の層序から,MIS6,5a-b,3,2の氷河作用が識別された.En-a火山灰の産状は,火山灰に被覆された氷河が急速に融解したことを示している.また,デフォ−メ−ションティルの分布から,当時の氷河の流動特性が議論できるようになってきた.今後はティルの力学解析を実施することにより,日高山脈における氷河流動に対する氷河底環境の役割を吟味していく必要がある.

川澄隆明「立山の氷成堆積物と氷河編年」:氷成堆積物と指標火山灰の層序から,90〜50kaおよび24〜12kaの氷河作用が明らかとなった.前者の氷河作用は,70kaの立山火山の噴火にともなう氷河の融解期を挟む.また,山崎カ−ルに分布する3段のモレ−ンの形成期は,下位が70〜50ka,中・上位が24〜12kaで,従来の知見よりも氷河拡大規模は小さい.

小疇 尚・澤口晋一「日本海側多雪山地の氷河地形」:日本アルプスでは,日本海側多雪地域で氷河地形の分布面積が極端に広く,氷期の氷河拡大規模と現在の多年性雪渓分布面積との間には明瞭な相関が認められる.近年,越後山脈のいくつかの山岳で堆石の分布が確認された.日本海側多雪山地にも氷期には氷河が存在したと考えるのが自然であり,今後の研究の進展が望まれる.


<セッション2>

澤柿教伸・白岩孝行「海外の動向からみた日本の氷河作用研究」:近年の氷河作用研究において,氷河底の地形形成環境の重要性が強調されている.氷床コアや深海底コア研究から明らかにされつつある短いサイクルでの気候変動への氷河・氷床の応答性を検討するうえでも氷河底環境が重要である.これらとの関連において,日本のような小規模な山岳氷河の変動の解明が寄与できる可能性,火山地域としての日本の山岳氷河の特質性を考慮していく必要性,欧米を中心とする研究者の論点を理解しておくことの重要性を指摘した.

岩田修二「日本の氷河作用の年代観」:5万年以前の氷河前進が広域火山灰の年代からあきらかになってきた.MIS2の拡大が,MIS4・3の拡大にくらべてかなり小さく,世界的に見ても山岳氷河はMIS2よりMIS4の方で拡がりが大きいといえそうであり,地球規模の気候変化の反映かもしれない.D-Oサイクルなど,酸素同位体ステージの各寒暖期に対応するような氷河変動が見られることを指摘していくことは,氷河作用の年代観として重要である.

青山雅史「カール内のモレーンと岩石氷河の区別」:これまで日本のカール内の岩塊堆積地形のほとんどがモレーンとされてきたが,岩石氷河である可能性もある.現成岩石氷河の形態的特徴と,それから推測される化石岩石氷河の形態について整理した結果、これまでモレーンとされてきた岩塊堆積地形には岩石氷河と考えられるものが多数存在しており,今後の再検討が急務である.


<セッション3>

青木賢人「氷河地形編年に関わる年代測定法」:地形を構成する岩石中に生成する現地性宇宙線生成核種(in-situ CRN)の一つである10Beを用いた露出年代測定法,モレーン構成礫の風化度を用いた相対年代法である風化皮膜法が、モレーン堆積物の対比に有効であることを確認した。具体例として木曽山脈北部に分布するモレーンの年代測定結果から、最終氷期極相期の氷河作用の分布範囲が示された。

塚本すみ子・近藤玲介「光ルミネッセンス(OSL)年代測定法の氷河堆積物への応用」:14Cまたは火山灰によって年代が特定されている様々なティルに対してOSL年代測定を行った結果、ロッジメント、ディフォーメーション、氷河上メルトアウト、フローの各種ティルではゼロイングが期待でき、OSL年代測定に有効であることが確認される一方、氷河底メルトアウトティルでは部分的にゼロイングが行われていない可能性が示された。


<セッション4>

白岩孝行「日本の氷期の氷河像−極東の現成氷河群データからの類推−」:自由大気の夏期0℃高度と氷河・雪渓の平衡線高度との高度差(ΔZ)、および冬期涵養量を用いると、カムチャツカと日本に発達する氷河・雪渓は、直線で現せる。また、カムチャツカの氷河は,これらの気候パラメータで温度状態の領域区分ができる。この関係から氷期における日本の氷河の温度状態を推定した結果、LGMと晩氷期には木曽山脈と飛騨山脈南部でPolythermal氷河が発達した可能性がある。

阿部彩子「GCM実験から推定した東アジアの氷河環境」:大気大循環モデルを用いてLGMの地球上の気温と降水量を数値計算によって求めた。LGMにおける、シベリアから日本にかけての夏期(6-8月)気温の低下量は約3℃程度であった。このような小さな気温低下量にも関わらず、ヨーロッパに匹敵する平衡線降下が日本の氷期に生じたのは、冬期の降雪量が日本海側で増大したためと考えられる。

小野有五「氷期の日本高山における氷帽氷河の可能性−日本の氷期の氷河像へのコメント−」:LGMにおける日本の夏期気温の低下量が3℃と算出されたが、花粉や海底コアから推定される低下量は6-7℃であり、GCMの結果と合わない。日本海に本格的に対馬暖流が流入するのは8000年前以降であり、LGMにおける日本海側の多雪環境は考えにくい。一方、氷河の温度条件については、8℃程度の温度低下を想定した場合、日高山脈では底面凍結型が発達していたと考える。


<総合討論>(コ:コメント;質:質問;答:答え)

コ)氷成堆積物とそれ以外の堆積物の区別が難しい。何か決定的な方法はあるか(岩田修二)
答)氷河底から氷河上に至る一連の堆積構造を持ち、かつ地形的な特徴も併せて同定を試みれば、氷河成堆積物とその他の堆積物との区別は 可能である(長谷川裕彦)
コ)大事なのは、氷河底の状態を示すモデルと、堆積構造を示した図の2枚である。1ヶ所で良いので氷河底での遷移過程や変形過程を示す 例をじっくり研究することが大切である(平川一臣)
質)堆積物の構造を記載しない報告ではもうダメなのか(渡辺悌二)
答)もうそういう時代に入っている。共同でフィールドワークを実施し、共通認識を作る必要がある(平川一臣)
コ)モレーンと岩石氷河の区分については、まだ定量的なデータが少なく、議論が噛み合っていない。両者はどう区分できるのか(白岩孝 行)
答)日本アルプスで言うと、岩壁に近い部分に発達するものは形態的に岩石氷河として説明できる(池田敦)
答)スイスアルプスで見ると、モレーンはループの一部が侵食で切られているが、岩石氷河はループ状である。日本アルプスで岩屑被覆型氷河が発達したとの意見があったが、小規模なカール内で(岩屑の供給量から考えて)岩屑被覆型氷河が発達したとは思えない。地形の形成時間で見ると岩石氷河の形成には1000年オーダーの時間が最低必要である。それに対して氷河の変動は数百年なので、たとえばD-Oサイクルなどの短周期の気候変動に対して、もともとあった岩石氷河の上方から氷河が前進してきて岩石氷河を乗り越えるような現象も考えないといけない(松岡憲知)
コ)最終氷期の氷河が消滅する段階を考えると、カール壁の最上部で永久凍土の融解に伴う岩壁の崩壊が起こり、それが氷河を覆うような状況があったのではないか。もう少し細かくカール内の環境変化を考えないといけない(小野有五)
コ)北アルプスの内蔵助カールを調べているが、現在でも永久凍土があることを確認した(福井幸太郎)
質)日高山脈の氷成堆積物の構造を調べて、どのようなことがわかるのか(石丸 聡)
答)理論や実験ににより、堆積物の変形構造から氷河の流動に関わる力学特性を調べたい。日高の場合、堆積物の緻密な構造から考えると、水が関与していることは間違いない(岩崎正吾)
質)小さな山岳氷河でティルの変形が生じるのだろうか。力学的な検討が必要ではないか(白岩孝行)
答)力学的な検討は行っていない。山岳氷河でも氷河底での間隙水圧が上昇して剪断しやすくなる例が報告されている(長谷川裕彦)
質)10Beの年代測定法ではもっとキャリブレーションが必要ではないか(苅谷愛彦)
答)まだ不十分であることは承知している。誤差5〜10%の年代値として捉えてほしい(青木賢人)
答)5〜10%の誤差というのは測定に起因する誤差であり、サンプルに起因する誤差を考えると10BeやOSLの年代は常にMaximumデータと考えるべきである(塚本すみ子)
質)放射線を利用した年代測定法を利用する場合、標準試料を準備する必要があるのではないか
答)地域性の問題もあるので、そのような背景を持っていることを理解して年代をみてほしい(青木賢人)
コ)現在のカムチャツカとオホーツク海および氷期の日本列島と日本海との関係は良く似ている。現在のカムチャツカは春と秋に多量の降雪がある。氷期の日本への降雪を偏西風だけに求める必要はない(小疇 尚)
答)最終氷期の状況を考えると、ポーラーフロントが低緯度側に下がるわけだから、低気圧の活動から考えても多量の雪が降るとは考えられない。日本海側にまったく雪が降らなかったわけではないので、気温低下で日本側山地の氷河地形は説明できるのではないか (小野有五)
コ)日本地理学会に「氷河作用研究グループ」を立ち上げた。ホームページ(http://glacier.ees.hokudai.ac.jp/index.htm)も作成し、情報提供・議論の場とした。全員に開かれたグループなので、積極的に参加して欲しい。最後にひとつだけコメントがある。「最終氷期」という表現はもう止めるべきだ。「最新氷期」と呼ぶべきであろう(平川一臣)

以上。(白岩孝行・澤柿教伸・長谷川裕彦・青木賢人 記)


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