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[kanreichikei:191] 氷河横ティル 会議室:「Glacier BBS」

[kanreichikei:191] 氷河横ティル

発言者:白岩孝行

(Date: Wed, 18 Oct 2000 13:46:06 +0200)


寒冷地形の皆様

天井澤さんのメールにあった「氷河底ティル」という言葉で思い出したのですが、この間面白いものを見ました。ツェルマットの氷河のひとつであるFindeln氷河に巡検に行った時のことです。Bern大学のChristian Schluechterさんの案内で、右岸のラテラルモレーン(小氷期)を見学したのですが、この氷河の右岸のラテラルモレーンは、上から下までいわゆる"Lodgement till"から構成されていました。ガチガチの典型的なやつです。おまけにモレーンの頂部付近にある巨レキにそこの場所でついたとしか思えないきれいな削痕までありました。

Melt out tillならいざしらず、堆積後、まったく変形を受けていないようなLodgement tillがラテラルモレーンで見られるとは驚きでした。Schluechterさんの説明では、(川でいうような)攻撃斜面にできるラテラルモレーンではあり得るのではないかとのことでした。ラテラルモレーンは氷河からのレキのDumpingでできるとばっかり思ってたもので...実は、ヒマラヤのランタン谷に同様な堆積物があり、個人的に不思議に思っていましたが、今回の例を見て納得した次第です。

「氷河底ティル」が「氷河横ティル」でもあるというお話でした。

ではまた。

白岩孝行


小野有五 さんからのコメント
(Date: Thu, 19 Oct 2000 13:28:24 +0900)

白岩さま
お元気そうでなによりです。また、アルプスのあちこちに行っているようで、うらやましいかぎり。
こちらは相変わらずの忙しさで、山にもほとんど行けなくなりました。それで高山植物の盗掘防止の
ための運動とかやっているわけですから、何のために生きているのかわかりません。それでも、道が
稀少野生動植物保護のための条例化に動きだしたりして、それなりの効果は出てきているのですあ
が。
ランタンで見た氷河横テイルというのは村の少し下流のあたりの露頭のことですか?
11月24−26とカトウマンドウでのシンポジウムに出かけますが、ランタンまで足をのばせられ
ないのが残念です。9月初めには岡山の林原財団というところから援助をもらってPAGES-PEPIIの
Synthesis Writing のためのワークショップをやり、これはずいぶんうまくいきました。ただ、氷河
関係は例のGrettaさんの都合で12月にサッポロでやることを考えていたのですが、なんとAGUと日
程がぶつかってしまい、彼女が来れなくなってしまいました。Thompsonは来るので、Owenさんも呼ん
で、来られるメンバーだけでと考えています。Yao Tangdonさんも呼びたいのですが、Thompsonがい
ればいいかな、と思ったり。中国・ロシアはヴィザ申請が面倒なので、今回もだいぶ苦労しました。
ほんとうはロシアからは年輪のVaganovさんを呼びたいのですが。カムチャツカのコア分析のほうは
進んでいるのでしょうか。状況をお知らせ下さい。
来年の5th IGCの件ですが、プレの日高巡検とポストの日本アルプス巡検も含めて、関係者に案内を
送って下さい。沢柿くんのところに、今年5月成都でIGCPのシンポがあったときに配った資料があり
ます。成都には行きたかったのですが、結局、行けずじまいでした。
日本アルプスの巡検の準備は今年ほとんどできず、来年夏までにやらなくてはなりません。立山はく
らのすけカールまでしか行けませんが、梓川は例のヘットナーシュタインの問題やシュリヒターたち
の論文もあり、ぜひ行って議論したいと思っています。部分的にでも助けてもらえるとありがたいと
思っています。
チューリッヒ空港には5月と7月に行きましたが、いずれもPAGESの会議に直行で、よれずに残念で
した。では奥様、皆様にどうかよろしく。お体お大切に。


白岩孝行 さんからのコメント
( Date: Thu, 19 Oct 2000 11:02:41 +0200)

寒冷地形の皆様

小野先生から返答をいただきました。私信で返信すべき箇所もありますが、情報(宣伝?)として寒冷地形関係者にも関わる部分もありますので、一部、MLで返答させてください。長文・内輪ネタお許しください。

小野先生、

>ランタンで見た氷河横テイルというのは村の少し下流のあたりの露頭のことですか?

その通りです。ペーベチューの右岸にある垂直の大露頭です。地形的にはラテラルモレーンだと思いますが、内容はガチガチのLodgement tillだったと記憶しています。もっとも、この部分は攻撃斜面というほどではありませんが、ずっと不思議に思っていました。日本アルプスや日高では、このような例はありませんか?白馬はどうでしょうか?

もう既にご存じかもしれませんが、カトマンズの朝日克彦君から以下の論文が出版されたことを知らされました。ランタンの編年も再検討が必要になったようです。

>朝日です.昨日Webをチェックしていたところ,ロンドン大のBenのOSLのペーパーが
>ようやく掲載されていました.クーンブでのOSL年代です.Geological Soc.
>America Bulletinの10月号です.日本ではこの雑誌届くのに時間がかかるのですが,
>WebでPDFファイルのダウンロードが可能です.今まさに熟読中です.
>http://www.geosociety.org/pubs/bulletin.htm

PAGESの岡山会議のご成功おめでとうございます。

>氷河
>関係は例のGrettaさんの都合で12月にサッポロでやることを考えていたのですが、なんとAGUと日
>程がぶつかってしまい、彼女が来れなくなってしまいました。Thompsonは来るので、Owenさんも呼ん
>で、来られるメンバーだけでと考えています。Yao Tangdonさんも呼びたいのですが、Thompsonがい
>ればいいかな、と思ったり。中国・ロシアはヴィザ申請が面倒なので、今回もだいぶ苦労しました。
>ほんとうはロシアからは年輪のVaganovさんを呼びたいのですが。

12月の低温研国際シンポに関する情報は、以下のWEB Siteで見ることができます。氷河地形関係者では、曽根さん・山縣さんの関係で、James Beget (Univ.of Alaska)が来ることになっています。Thompsonさんは、つい最近Scienceに発表したヒマラヤのコア解析の結果も話してくれるそうです。カムチャツカのコア研究も6件の発表があります。ようやく(たった)170年前まで解析が進んだところです。季節変動を検出するウルトラhigh resolutionなので、なかなか先まで進みません。氷期の問題は、オホーツク海の海底コアのほうから議論される予定です。

International Symposium on Atmosphere-Ocean-Cryosphere Interaction in the Sea of Okhotsk and the surrounding environment
http://www.lowtem.hokudai.ac.jp/english/symposium/symposium.html

Thompsonさんのヒマラヤコア成果は、以下の掲載されています;
L.G.Thompson et al. (2000) A high-resolution millennial record of the south Asian monsoon from Himalayan ice cores. Science, Vol.289, 1916-1919.

>来年の5th IGCの件ですが、プレの日高巡検とポストの日本アルプス巡検も含めて、関係者に案内を
>送って下さい。沢柿くんのところに、今年5月成都でIGCPのシンポがあったときに配った資料があり
>ます。成都には行きたかったのですが、結局、行けずじまいでした。

こちらのほうは、10月6日に澤柿さんから国際雪氷学会のMLとArcticなんとかというMLに情報が流されました。IGCP関係は、朝日君情報では連絡が周知されているとのことでした。もしそれ以外にも連絡する必要がありましたら、澤柿さんか私にご教示ください。ロシアのほうは、Olga Solominaさんに情報を流しました。その他、カムチャツカで氷河地形の仕事をしているOxana Savoskulさんにも連絡しようと思っていますが、ロシアの場合は、招聘という形でないと参加は難しいのではというのが感想です。

>日本アルプスの巡検の準備は今年ほとんどできず、来年夏までにやらなくてはなりません。立山はく
>らのすけカールまでしか行けませんが、梓川は例のヘットナーシュタインの問題やシュリヒターたち
>の論文もあり、ぜひ行って議論したいと思っています。部分的にでも助けてもらえるとありがたいと
>思っています。

Schluechterさんは今サバティカルです。つい先日も極地関係のミーティングで会いました。ICGの宣伝もしましたが、チベットやアルプスでCosmic datingをやっている若手を送ってくれるかもしれません。巡検のほうは、知的側面では役に立ちませんが、荷担ぎくらいはできるよう身体を鍛えておきます。

では。


澤柿教伸 さんからのコメント
(Date: Thu, 19 Oct 2000 20:11:37 +0900)

寒冷地形の皆様
澤柿です.

>>ランタンで見た氷河横テイルというのは村の少し下流のあたりの露頭のことですか?
>
>その通りです。ペーベチューの右岸にある垂直の大露頭です。地形的にはラテラルモ
>レーンだと思いますが、内容はガチガチのLodgement tillだったと記憶しています。
>もっとも、この部分は攻撃斜面というほどではありませんが、ずっと不思議に思って
>いました。日本アルプスや日高では、このような例はありませんか?白馬はどうでし
>ょうか?

日本で記載されているロッジメントティルは,ほとんどが谷の側面に張りつくように
残っている堆積物から記載されているので(日高の場合もそう),氷河底ティルと言
い切ってしまうのには問題が残りますね.むしろ「氷河横ティル」のほうがその性格
を正確に表現しています.ということに,この議論であらためて気づきました.

実は,うちの岩崎君のD論がらみで,ゼミでも類似の議論をしたことがあります.と
にかく日本の氷食谷の側面は斜面堆積物やらデブリフローやらラテラルモレーンやら,
年代も物もちがういろんなものが折り重なっているので,解釈が大変なんです.そう
いう意味でも,ランタンとスイスからそういう氷成堆積物が報告されていることは,
「ロジメントティルは谷の底」という固定概念にとらわれずにすむということで,わ
れわれの議論があながち変なほうを向いていなかった,と,すこし励みになりました.

ゼミの議論の内容をかいつまんで言うと,ロッジングの際には変形構造を伴うことが
多いので,それが応力場を復元するヒントになります.日高では垂直方向に変形が認
められるデフォーメーションティルを記載していますが,なにぶんそれは谷の側面に
へばりついているので,本当に氷河の底かどうか疑問もありました.その露頭を水平
方向に掘削して,その断面で水平方向にも変形構造が認められれば,攻撃斜面でのロ
ッジングであると判断できる可能性はあります.しかし,その露頭に連続すると考え
られるもう一つの露頭は,丁度谷の横断方向に出ており,そこでは横方向の構造は認
められません.それで,とりあえず氷河「底」でよいのではないかという判断で,ゼ
ミの議論は落ち着きました.

ロッジングプロセスは氷体と基盤の摩擦力差によって氷河成の岩屑が付加されていく
プロセスで説明されるものですから,そのような状況が起こりえる場所では,どこで
もロッジメントティルができうる,ということなんですね.要は,底や横といった場
所の問題ではなくて,本質的にはその形成プロセスを基に堆積物を議論すべきだ,と
いうことを良く示している事例だと思います.

日本の場合,「氷河があったかどうか」のほうが問題なので,ロッジメントティルの
層相が見つかればそれだけでしめたものです.それが地形として明瞭なラテラルモレ
ーンの中にでてくるような所があったとしたら,まさに天然記念物ものでしょう.

#氷河作用・山岳永久凍土の関係者のみなさま,ICGの件,よろしくお願いします.


岩田@都立大 さんからのコメント
(Date: Fri, 20 Oct 2000 09:14:32 +0900)

寒冷地形の皆様
 岩田@都立大です.
 
 氷河横テイルの議論はおもしろく,氷河横ロッジメントティルあるいは氷河横ベー
サル?ティルの存在には啓発されました.しかし,ここで議論になっているロッジメ
ントティルは,どのような層相ですか? 澤柿さんの言うように,ロッジングのプロ
セスを「氷体と基盤の摩擦力差によって氷河成の岩屑が付加されていくプロセス」と
限定することには大賛成です.このことをきちんと把握した上で使われていますか?
 いまだに,圧力融解で堆積したものをロッジメントティルと呼んでいる教科書もあ
るようですが,はっきりさせましょう.細粒物が多くて引きずり構造があるだけでは
ロッジングのプロセスとはいえないのではないでしょうか? 上に挙げたようなロッ
ジングのプロセスでどのような層相の堆積物が堆積するのでしょう?

> ロッジングプロセスは氷体と基盤の摩擦力差によって氷河成の岩屑が付加されていく
> プロセスで説明されるものですから,そのような状況が起こりえる場所では,どこで
> もロッジメントティルができうる,ということなんですね.要は,底や横といった場
> 所の問題ではなくて,本質的にはその形成プロセスを基に堆積物を議論すべきだ,と
> いうことを良く示している事例だと思います.


白岩孝行 さんからのコメント
(Date: Fri, 20 Oct 2000 10:44:43 +0200)

寒冷地形の皆様
澤柿様 岩田様

澤柿様、岩田様、お返事ありがとうございました。

まず、Findeln氷河の右岸のモレーンの層相からお答えします。観察箇所は現在の氷河末端近く、氷河に面した斜面(Proximalといったかな?)です。マトリックスは粘土〜シルト質で非常にしまっています。この中にファセットの発達した各サイズのレキ〜ボルダーがほぼ無層理に散在しております。ファセットをもったレキには、かなりの頻度で削痕がついており、それらの方向は氷河の流動方向に調和しています。ラテラルモレーンの頂部から3mほど下にも経6mほどのボルダーがはさまり、きれいなファセット面に削痕がありました。剪断やマクロな変形構造はちょっと目には見あたりませんでした。ラテラルモレーンの比高は50mほどで、上部30mが堆積物を反映して非常に急峻、下部は崩落したティルが緩い斜面をつくり、マトリックスに多量の水を含んでゆっくりと流動しているような地形です。

私の観察してきた他地域のラテラルモレーンでは、Proximal斜面の露頭で、氷河からのDumpingを反映するような水平の不明瞭な層構造が見られる場合が多々ありました。このような露頭では、降りて作業をするのが危険なくらい固結の度合いが悪く、ぐずぐずといった具合でした。ところが、今回観察した地点(というか、上・下流方向に少なくとも数百mは続く)では、急斜面にも関わらずハイキング道が作られ、それがあまり崩壊していない様子でした。ただ面白いことに、左岸の露頭は右岸とは違い、ぐずぐずで、不明瞭な層理の発達する通常の層相でした。

ロッジメントティルの用語に関しては、あまり深い考えで書いたものではありません。ここ10年ばかり、堆積物に関する仕事や教科書の勉強をしていないので、私のティルに関する知識は、Sugden and Johnで止まっています。ロッジメントティルを「氷体と基盤の摩擦力差によって氷河成の岩屑が付加されていくプロセス」に限定するという最近の定義はなんとなく想像できますが、はっきりとは理解できません。こんな具合の想像でよろしいでしょうか;

A)まず氷河底面のマクロな構造を、上方から下方にかけて、1)氷河氷、2)底面氷、3)氷河底堆積物(ない場合もあり)、4)基盤、の四つに分ける。この場合の氷河底面は「氷河横」も含んでいます(パラボラの形状であれば、底と横の区別はないので)。

B)氷河の流動に伴い、2)と3)、あるいは2)と4)の境界で滑りが起こり、底面氷の一部が融解して出てくる岩屑、ならびに氷河底堆積物あるいは基盤から侵食される岩石の両方がロジメントティルの起源として生産される。

C)氷河底にキャビティーが出現したり、氷河表面の傾斜が緩くなるなどして、2−3や2−4境界の摩擦力や剪断応力が小さくなった場合に、Bで形成された堆積物がロジメントティルとして堆積する。

もし上の理解が正しいとすると、「氷河底というたいへん大きな静水圧下にあるために堆積物が固結する」というのがロジメントティルの本質であって、「剪断やその他の変形構造」は、堆積物が堆積した後に摩擦力が大きく、剪断応力が大きくなる条件があれば生じ、摩擦力が小さく、剪断応力も小さい条件(たとえばキャビティー下、薄い水の層の存在、氷河の表面傾斜が小さいとか)では生じない二義的なものと考えられます。

Findeln氷河で驚いたのは、上のようなプロセスが氷河底だけでなく、ラテラルモレーンという比較的2−3,2−4境界での静水圧が小さいところで見受けられたからです。その理由としてSchluechterさんが攻撃斜面であることを指摘したので、「ああ、なるほど、攻撃斜面では上載荷重+縦応力=境界面の静水圧なのだな」と納得したのです。

と、まぁ、考えて見たのですが、いかがなもんでしょうか?結局、Findeln氷河の堆積物をロッジメントと言っている根拠は、「非常に固結して(高い静水圧)、レキのファセットおよび削痕が氷河の流動方向と調和的(その場で剪断を被った)」という点です。メルトアウトなどのほぼ自重で堆積するプロセスでこういうことが起こるとすると、上の考えは全てオジャンになっちゃいます。

最後に質問です。岩田さんの文で、

> いまだに,圧力融解で堆積したものをロッジメントティルと呼んでいる教科書もあ
>るようですが,はっきりさせましょう.

ここが良くわかりません。「圧力融解で堆積したもの」というのは、上のBの過程で出てくる岩屑のことですか?それとも氷河の衰退期に底面氷の融解でin situな堆積をするメルトアウトのようなものですか?

以上 白岩孝行

追伸:来週、こちらのゼミでG.S.Boultonさんが講演します。久々に氷河地質学の話が聞けそうです。


岩田修二 さんからのコメント
(Date: Tue, 24 Oct 2000 11:12:01 +0900)

寒冷地形の皆様
 白岩様 お返事・ご質問ありがとうございました。

> 最後に質問です。岩田さんの文で、
> > > いまだに,圧力融解で堆積したものをロッジメントティルと呼んでいる教科書も
>あ
> >るようですが,はっきりさせましょう.
> > ここが良くわかりません。「圧力融解で堆積したもの」というのは、上のBの過程で
>出てくる岩屑のことですか?それとも氷河の衰退期に底面氷の融解でin situな堆積をす
>るメルトアウトのようなものですか?
> > 以上 白岩孝行

ロッジメントティルとメルトアウトティル
 ご質問の,小生の「圧力融解で堆積したもの」というのは、上のBの過程で出てく
る岩屑のことです.
 小生の乏しい知識では,この二つの用語はもともとは堆積物の層相によって区別さ
れたもので,堆積プロセスが理解された上で定義されたものではないと理解していま
す.その後,Boultonなどの研究でさまざまなプロセスがわかってきたので,それに
あうように微修正が加えられているというのが実情でしょう.したがって,氷河底プ
ロセス研究での理解と露頭堆積学での理解とが整合していないのが現状だと思います
.そのよい例が,Benn and Evansの教科書で,これによると,ロッジメントティルと
は,氷河底プロセスの部分では,a) 氷河のベースと氷体(debris-rich iceも含む)
との摩擦によって氷河から岩屑やdebris-rich iceが引き剥がされたものと言い切っ
ているのに,堆積物としてのティルの部分では,b) 氷河底の突起の上流側での融解
(圧力融解)による岩屑の氷河からの離脱・堆積,および,c) キャビティ(空隙)
の天井の氷体の融解による岩屑の離脱・堆積が主プロセスであるような書き方がして
あります.Benett and Glasser の教科書でもロッジメントのプロセスとして,a) b)
c) の三つが並べてあります.
 氷河底プロセスを中心に考えると,b), c) は,basal melt-out のプロセスとの違
いがなくなってくるのです.ロジメントのプロセスに融解の過程を加えると,「移動
中」と「止まった後」という違いがあるにはせよ,basal melt-out till との違いが
なくなる(つまり両者は堆積物としては区別できない)と思います.特にキャビティ
での融解堆積はbasal melt-outの過程とまったく同じになってしまうでしょう.いっ
ぽうの問題点は,debris-rich iceが持つ構造が,氷河停止後も長く保存されbasal
melt-out tillの構造に反映されることです.いま,堆積物でロッジメントティルと
されているもののかなりは,debris-rich iceの構造を保存したbasal melt-out till
かもしれません.両者は区別できるのだと欧米の研究者は言い切るのでしょうが,不
勉強のため小生は理解できません.
 ロジメントの本質が「氷河底というたいへん大きな静水圧下にあるために堆積物が
固結する」と言ってしまうと,停止後の氷河でも大きな静水圧は存在するでしょうか
ら,ベーサル=メルトアウトとの区別をぼかしてしまうのではないでしょうか.
 というようなわけで,ロッジメントのプロセスとロッジメントティルの層相を再定
義する必要があるのではないでしょうか.Boultonさんと議論してみてください.

 白岩さんの言う「Findeln氷河で驚いたのは、上のようなプロセスが氷河底だけで
なく、ラテラルモレーンという比較的2−3,2−4境界での静水圧が小さいところ
で見受けられたからです。その理由としてSchluechterさんが攻撃斜面であることを
指摘したので、「ああ、なるほど、攻撃斜面では上載荷重+縦応力=境界面の静水圧
なのだな」と納得したのです」というのはよく理解できます。場所やメカニズムから
考えてロッジメントティルであることも確実でしょう.
 以上でおわかりのように,小生の「圧力融解で堆積したもの」というのは、上のB
の過程で出てくる岩屑のことです.


白岩孝行 さんからのコメント
( Date: Wed, 25 Oct 2000 11:12:20 +0200)

冷地形の皆様
岩田修二様

岩田さん、丁寧かつたいへんわかりやすいお返事どうもありがとうございました。ロッジメントティルに関する最近の定義が良く理解できました。また、

>したがって,氷河底プ
>ロセス研究での理解と露頭堆積学での理解とが整合していないのが現状だと思います

というのも大変実感をもって理解できるご意見だと思います。氷河地質学では当然のことながら、堆積物が研究対象のひとつであり、その堆積学的特徴や変形に関する構造が微に入り細に入り記載され、その過程で様々なTerminologyが議論され、発達してきたことと思います。しかし、氷河底で実際に生じるプロセス研究が遅れていたことから、堆積物とそれに働く営力の対応が必ずしも同調せず、しばしば想像と現実が大きく違ってしまうケースもあったのだと思います。その良い例として、最近、GoldthwaitとHookeの両氏によるThule-Baffin moraineの解釈の違いについて勉強しました。Goldthwaitは、堆積構造と氷河との位置関係からこのモレーンを氷河末端のシアーに沿って形成されると考えたのですが、Hookeは氷河の流動観測と氷の分析からシアー説を否定しました。堆積構造だけから全てを判断する危険な例としてHookeは自身の教科書でとりあげています(Hooke, 1998; Principles of Glacier Mechanics)。どちらが正しいかは別として、一方の視点だけで氷河底の問題を扱うことの危険性を示す例として、私には印象深い例で,,,,,した。

ロッジメントティルの問題に返りますと、定義は理解したものの、現実にはどんな堆積物ができるのか良くわからないというのが正直な感想です。摩擦によって底面氷から堆積物が引き剥がされるまでは理解できるのですが、底面氷からレキが引き剥がされるような剪断ひずみの条件で、安定して堆積プロセスが起きるんでしょうか?やっぱり、キャビティーのような相対的にせよ、底面の剪断応力が小さくなるような場所がないと、それなりの厚さの堆積物はたまらないのではないのかなぁ?典型的なロッジメントティルと氷河地質屋さんが断言する模式露頭を見てみたいです。

岩田さんも良くご承知のように氷河学のほうでは、最近、底面氷と底面すべり(特にティルの変形)の研究が盛んです。私も前者に少し関わっていますが、これらの研究は氷河堆積物と氷河の営力を結びつけるキーでもあるため、今後ともなんらかの形で関わってロジメントティルの問題も考えていこうと思っています。

今回はお忙しい中、貴重な時間を割いてご指導いただき本当にありがとうございました。


岩田修二 さんからのコメント
( Date: Fri, 27 Oct 2000 09:16:57 +0900)

寒冷地形の皆様
白岩孝行様
 「現実にはどんな堆積物ができるのか良くわからない.典型的なロッジメントティ
ルと氷河地質屋さんが断言する模式露頭を見てみたいです」という白岩さんの感想に
は小生も全く同感です.露頭堆積学で層相からロッジメントティルと氷河底メルトア
ウトティル特別されていますが,それらはプロセスを反映した区分ではないと思って
います.ぴったり重なるプロセスがないとすれば,ロッジメントティルと言う語はも
う使わない方がいいのかもしれません.白岩さんをはじめとする,氷河の運動メカニ
ズムと堆積物の両方がわかる若い方に解決の鍵はもたらされるでしょう.

白岩> ロッジメントティルの問題に返りますと、定義は理解したものの、現実にはど
んな堆積物ができるのか良くわからないというのが正直な感想です。摩擦によって底
面氷から堆積物が引き剥がされるまでは理解できるのですが、底面氷からレキが引き
剥がされるような剪断ひずみの条件で、安定して堆積プロセスが起きるんでしょうか
?やっぱり、キャビティーのような相対的にせよ、底面の剪断応力が小さくなるよう
な場所がないと、それなりの厚さの堆積物はたまらないのではないのかなぁ?典型的
なロッジメントティルと氷河地質屋さんが断言する模式露頭を見てみたいです。


澤柿教伸 さんからのコメント
(Date: Fri, 27 Oct 2000 09:43:53 +0900)

寒冷地形の皆様
澤柿です.

> 「現実にはどんな堆積物ができるのか良くわからない.典型的なロッジメントティ
>ルと氷河地質屋さんが断言する模式露頭を見てみたいです」という白岩さんの感想に
>は小生も全く同感です.露頭堆積学で層相からロッジメントティルと氷河底メルトア
>ウトティル特別されていますが,それらはプロセスを反映した区分ではないと思って
>います.ぴったり重なるプロセスがないとすれば,ロッジメントティルと言う語はも
>う使わない方がいいのかもしれません.白岩さんをはじめとする,氷河の運動メカニ
>ズムと堆積物の両方がわかる若い方に解決の鍵はもたらされるでしょう.

ということで,丁度ここ数日の間に,名大水圏の藤田君や北大低温の山口君など,氷
河の流動を専門とする若手から,そろそろ次の「比較氷河研究会」をやろう,という
声があがっていたところです.藤田・山口両君から,氷河地形屋に「比較氷河」への
参加呼びかけを依頼されましたので,渡りに舟,というところで,早速ご案内する次
第です.

彼ら「氷河やさん」も,(ようやく?)このごろ,氷河底面の地質学的プロセスに興
味を持ち始めたようで,まことに喜ばしいことです(これは白岩さんはじめ東大の青
木君や私がさんざん吹き込んだ結果ともいえるのですが...).もし開催するとし
たら,「氷河の運動メカニズムと堆積物」をメインテーマにするのがいいのではない
でしょうか.

まだ比較氷河研究会を開催しよう,という呼びかけの段階です.どのくらいの方が手
を挙げてくれるか知りたいので,ここか私に直接返事を頂けるとたすかります.相当
数が集まりそうなら,開催にむけて具体的な動きに入りたいと思います.場合によっ
ては,「地理学会・氷河作用研究グループ」と共催にしてもいいかなあ,と考えてい
ます.

よろしくお願いします.


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